< back >
数学のレポートに生成系AIを使うことに関する私見(2026年1月時点)
数学のレポート課題に受講生が生成系AIを利用することは,これから増えるだろうと予想される.
それを一概に否定するべきではないと思うし,禁止することはそもそも不可能だろうと思う.
しかし,それによって受講生自身の不利益になる可能性があることがいくつか想像されるので,書いておこうと思う.
これは個人的な見解であり,とくに私自身のレポート課題の出し方にも関係しているので,同じ数学分野の教員であっても意見が異なる可能性はある.
従って,私自身の講義を受ける立場にない方は,あくまで参考程度にとどめてほしい.
-
最初に,レポートを課すのは何のためかというと,成績をつけるためという目的の他に,私の場合はそれを通して講義の理解を深めて欲しいという期待がある.
だから,多くのレポートで講評を書いた後に再提出を許しているし,難しい問題は多数の小問に分けて,それに従えば解けるように設計しているつもりである.
こういう設定の課題を最初から生成系AIに丸投げすると,講評で誤りを指摘されても,それは自分自身の誤りではないから,そこからは何も学ぶことができない.
せめて生成系AIの出力を自分でチェックして,それで証明になっているかどうかは考えた方が,課題から得るものは多いと思う.
例えば,講評で生成AIの誤りが指摘されたときに,その誤りに自分では気づけなかったことを認識するだけでも,一つの学びを得ているのである.
-
このように誤りや議論の不足を指摘されて,それに合わせて修正版を作るという学び方は,数学科においてはとくに重要である.
多くの大学の数学科では,最終年度の卒業研究にあたる科目で数学書の輪読を行い,それが卒業の最も重要な要件とされている.
この輪読で何をするのかと言えば,使っているテキストの議論に飛躍や誤りがあるのを直して,誰にでもわかるようにし,理解した内容を発表するのである.
この輪読において,発表の準備段階で飛躍や誤りを見過ごすと,セミナーの現場で時間を使って考えることになり,それが多くなると卒業研究は崩壊する.
従って,それ以前の講義や演習で,自分が書いた証明の論理が破綻していないかを確認し,それでも見落としてしまった誤りは自分の弱点として憶えておかなくてはならないのである.
-
最後に,数学科の学生にとって,レポート課題は将来指導教員になるかもしれない相手に名前を売る手段であるということも,意識しておいた方が良いと思う.
少なくとも私は,担当した講義で提出されたレポートについて,印象に残ったものは良い方も悪い方も割と憶えていて,卒研配属などの選抜に使うことがある
(ちなみに,大学院入試は募集要項に書かれていないことを判定に使うことはできないので,その心配は不要である).
悪い印象のレポートにもいろいろあるが,私の経験では生成系AIに書かせたレポートが誤っていたときの印象が,他を圧倒して最悪である
(念のためだが,受講生のレポートがそうだったと言っているのではなく,レポート課題を生成系AIに与えて確認したのである).
名前を売るといっても,悪名を売る可能性もあるわけで,この意味でも自分のレポートは自分で入念に確認すべきだと思う.
以上のような注意を踏まえた上でなら,私はレポート課題に生成系AIを使うことを禁止もしないし,反対もしない.
部分的に,何となくわかるが上手く説明できないことがあったときなどは,生成系AIを使うことで理解を深めつつ,正しいレポートが書けることは当然あるだろう.
それは,生成系AIがなかった時代に(あるいは今でも),よくわかっていそうな友人に頼っていたのと同じことだと思う.
そしてその場合も,丸写しのような頼り方では自分のためにならず,完全に納得するまで付き合ってもらうのが重要ということも変わらないのである.
< back >